その場所に立つと、幼い頃の思い出が走馬灯のごとく
よみがえって来る。そんな懐かしい場所が誰にでも
必ず一つや二つはあると思う。
私にとっては、ここ佐賀関の小志生木(こじゅうき)海岸もそのひとつ。
小学校の夏休みに友達と連れ立って、
海岸沿いに泳ぎながら何度もこの場所まで遊びに来た
日々が、ついこの間のように鮮明に思い出される。
今思えば街中からは相当の距離ではあるが、
若さのせいか当時はさして苦にもならなかった。
最初から話は横道にそれてしまったが、
その小志生木海岸の目の前にあるのが、隠れ馴染みの
割烹「関の瀬」である。なぜ隠れ馴染みなのかというと、
常連などというご大層な客ではなく、ここの女将とは
幼なじみであり、50年ほど前に家族ぐるみの
お付き合いをしていたというだけである。
しかし幼なじみとは有難いもので、どんなに忙しい時でも
その合間を縫うように、ご主人共々声を掛けてくれ、
話し相手にもなってくれる。料理の味もさることながら、
いつも変わらぬ細やかな気遣いがうれしい。
そのご主人はといえば、お名前は伊藤敬三さん。
当年とって57歳という、まさに正真正銘の団塊世代である。
地元の高校を卒業後、調理士をめざして上京。
最初は西洋料理店に勤めるが、どうしてもなじめず、
ほとんど飛び込み状態でお寿司屋に弟子入り。
時にはモノが飛んで来たという3年間の厳しい修行を
終えて帰郷した。その後大分市や別府市の寿司屋、
日本料理店、ホテル等で、日本料理一筋に腕を磨いた。
そして23年前の昭和58年、ここ小志生木にお店を構え
独立。現在に至っている。
ご主人の人柄といえば、とにかく温厚のひと言につきる。
その人柄の一端をモノ語るのが、9年間欠かすことなく
続けている母校での料理教室の講師役。
高校生たちに魚のおろし方から刺身の盛り付け方までを
丁寧に教えている。もちろんボランティアである。
ご当人は「少しでも母校への恩返しになればいいし、
佐賀関の出身者として刺身ぐらいは作れるようになって
欲しいですからね。でも来年の3月には閉校となるので、
今年限りで私もお役目御免というわけです」と、
淋しそうな笑みを浮かべて語ってくれた。
そんな心優しいご主人自慢の料理と言えば、
やはり当店オリジナルの「関サバ寿司」である。
サバ寿司といっても酢じめのそれではなく、
あくまでも生の関サバを使用。その為、注文を受けてから、
生簀から生きた関サバを取り出し素早く料理する。
またワサビを使用するだけでは
満足な味を出せなかったという。
その理由は、関サバの芳醇な甘みがワサビの辛さを
無くしてしまうからだ。そこでチャレンジ精神旺盛な
ご主人が試行錯誤の末、考え出したのが梅肉と紫蘇を
使用することである。このことにより、関サバ本来の
美味しさを格段にレベルアップさせることに成功した。
しかしそのボリュームたるや、大食いの私ですら
びっくりする程だから、一人の場合は慎重の上にも慎重を期して
いただきたい。もちろん余ればお土産という手もあるが・・・。
そこで個人的にお勧めなのが、「関の瀬膳」。
お値段もお手頃だが、その内容が素晴らしい。
にぎり寿司、刺身、天ぷらに、小鉢、お吸い物に加え、
具沢山の茶碗蒸し
(実は私の大好物)までついて来る。
この他にも新鮮な関もの(地元では海産物のことをこう呼ぶ)を
ふんだんに使ったメニューが盛りだくさん。どれにするか迷ったら、
元気が取り柄?のお女将さんに相談すればいい。
商売っ気抜きで親切に教えてくれるはず。
最後に、ご主人に聞いてみた。
「何か料理哲学とか、商売哲学とかあったら教えてください」。
その答えは「そんな立派なものはありませんが、
もう一度来たくなる料理を
お出しすることだけを心がけています」とのこと。
温厚で誠実なご主人と元気で明るい女将さん、
そして関アジ、関サバを初めとする関ものの料理が楽しめるとあれば、
また来たくなるのは当たり前、と思うのは私だけでしょうか? |