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「2007年の邦画No1」の呼び声高い
「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」をご紹介します。
[テキスト=ゲン]
原作はリリー・フランキーの大ベストセラーで、
亡き母への思いから生まれた自伝的物語。
時は1960年代。
酒乱のオトンにたまりかねたオカンは、ある時、
一人息子(ボク)を連れ実家へ戻ってしまう。
筑豊の小さな炭坑町での生活が始まった。
オカンとオトンは離婚せず、かといって元のさやに戻るわけでもなく。
ボクは、ふだんはオカンと暮らし、そして時々、オトンと過ごすという
変則的な二重生活の中で成長していく。
高校進学を機に一人暮らしを始めるが、自堕落な日常に溺れてしまう。
オカンのスネをムダにかじり続け、
申し訳なさを感じながらも「ダメ生活」から抜け出せずにいた----
現在と少年時代、ふたつの時間軸が交錯しながら物語は進む。
脇役一筋だった樹木希林の初主演映画
樹木希林は自らを“チョイ役女優”と称し「自由に無責任にやれるチョイ役の方がいい」という。改めて出演歴を見ると確かに脇役ばかり。もっとも脇役だろうと主役だろうと、芝居にかける意気込みは変わらないだろうが。
『東京タワー』のメイキング映像に、撮影現場で監督や共演者と打ち合わせしている様子が収録されているのだが、樹木希林の持論(演技プラン)がとても鋭く説得力があるのだ。役作り、ひとつひとつの台詞の意味合い…すべてにおいて考え抜いてる印象を受けた。しかし実際は、台本は読み込まないらしい。おそらく「理解力」の感度がすごくいい人なのだろう。「こりゃ、生半可な演出家や役者は太刀打ちできんな」と思った。
ン2007「東京タワー〜o.b.t.o.」製作委員会
私が樹木希林のことを初めて知ったのは『寺内貫太郎一家』のおばあちゃん役(※当時の芸名は悠木千帆)。沢田研二のポスターを見つめ「ジュリ〜〜」と身悶えするシーンは見るたび笑った。役があまりにハマッていたせいか、その後も老け役が多かった。そんな彼女も60歳を過ぎ、老けメイクすることなく年相応の役を演じられるようになった。『東京タワー』のオカンは、出会うべくして出会った役柄なのかもしれない。
樹木希林は、こんなことを言っている。「ひとつの台詞からでもその人の人生は表現されてしまう。だから、なんでもない台詞で、人生を表現しなけりゃならないホームドラマは難しい」と。実際『東京タワー』はハデな展開はなく、そのぶん作り手としては細心の注意が必要だったと思う。 刺激の強いエピソードが織り込まれているわけでもないのに、観客を引きつけることができたのは、感情移入しやすいつくりになっていたからだと思う。どこかのシーンに、または誰かに、自分自身や家族の姿を投影してしまう。そんな映画なのだ。上映中、客席のあちこちで時々すすり泣く声が聞こえた。でも、みんなが同じところで泣いてるわけではない感じがした。それだけ思いが重なる部分は「人それぞれ」ということなのだろう。私の場合、冒頭でいきなりヤバかった。病院の個室で、ボクとオカンがいる場面。一見なんでもないシーンなのに、こみ上げてくるものがあった。その二人ぼっちな病室の風景は、そのまま、数年前の私と母の姿だったからだ。
ボクを演じたオダギリ・ジョーは記者会見の席で「リリーさんを演じてみてどうでした?」と聞かれ、こう答えている。「これはリリー・フランキーさんの物語だけど、僕自身の話であり、あなたの話でもあると思います」と。ほんとにその通りだと思う。
映画館で上映時間が「2時間22分」と書かれているのを見た時、正直「うわっ、長過ぎるな…」と思った。しかしいざ始まると、流れるプールに身をまかせているうちに、いつのまにかエンディングにたどり着くような、心地いい2時間22分だった。
↓この先、ネタバレ有り。まだ観てない方はご注意ください。
“子性本能”をくすぐる、かわいいオカン。
オカンは「普遍的な母性」を体現したキャラクターとして描かれている。けれど、よくある“女の細腕ひとつで…”的なタイプとはちょっと異なる。重々しさ、痛々しさがない。歌で言えば、海援隊の『母に捧げるバラード』ではなく、ウルフルズの『かわいいひと』の世界なのだ。
実際「この人、かわいいなぁ」と思わせるシーンがあちこちに散りばめられている。東京の病院に入院中、オトンが北九州から見舞いに来ると知ったオカンは“こんな身だしなみでは会えない”といって、病院の浴室で髪をカットしてもらう。その時の表情がとても晴れやかで、見ているこっちもなんだかうれしくなってしまった。
オトンが病室に来ると、ベッドの上にちょこんと正座しているオカン。化粧をし、左手の薬指に指輪も付けている。はにかむ姿は、まるで“昔の女学生”のようで微笑ましかった。
また入院中のオカンに、ボクが「何かいるものはないか」と聞くと「(ボクの)卒業証書を持ってきてくれ」と言う。それはボクにとっては価値のあるものではないが、オカンにとっては宝物。息子を育て上げた証、つまり“母親業”の卒業証書でもあるのだ。卒業証書の額を大事そうに拭くオカンの背中を見て、きっとボクは「この人を悲しませるようなことをしてはいけない」という思いにかられただろう。親に“母性本能”があるように、子供にも“子性本能”のようなものがある気がする。
ン2007「東京タワー〜o.b.t.o.」製作委員会
「この映画の好きな場面は?」という問いに「ボクがオカンの手をひいて歩くシーン」という意見が多いらしい。私がいちばんジンワリきたのは、オカンが上京するくだりである。「東京でいっしょに暮らそう」とボクに言われると、遠慮がちに「…ほんとに行ってもええんかね…」と戸惑ってしまう。息子に対する気づかいもあるのだろうが、ずっと福岡で生きてきたオカンにとって東京で暮らすというのは一大決心であったと思う。
筑豊の家を出る日、荷物の片づいたガランとした茶の間に正座しているオカン。どういう思いが心の中を駆けめぐっていたのだろう…。故郷をあとにし、新幹線に乗り東京へと向かう。そして駅へ迎えに行くボク。ホームのベンチでふたりは再会を果たす。「過去」と「現在」…ふたつ時間軸で進んでいた物語の流れが合流するような、そんなシーンでもある。
ボク「この街に二人で住むんよ」
オカン「はい」
ボク「もう、ずっと二人で住むんやけんね」
オカン「はい」
こうしてボクとオカンは、15年ぶりに暮らすようになった。オカンが都会に馴染めるのか不安であったが、持ち前の気さくさで「ボクの友達」と次々と仲良くなっていく。オカンの手料理に魅了される者も多く、オカンは毎日五合の米を炊くようになった。
この物語では、東京タワーを“地方の人を吸い寄せる都会”の象徴として捉えられている。それと同じように「ボクの友達」もオカンの人柄にひかれ、オカンのもとに集まってくるのだ。オカン自身が“小さな東京タワー”になったのだと思った。
ン2007「東京タワー〜o.b.t.o.」製作委員会
リリー・フランキー氏の同級生が語る「東京タワー」
大分はーと編集部の「タチ」は、リリー・フランキー氏の高校時代の同級生です。実物のオカンに会ったことのある彼に当時の様子を聞いてみました。
−− 原作には高校時代の様々なエピソードが書かれていますが、
実際、あんな感じだったんですか?
タチ そうですね。確かに朝は先生に起こされてた(笑)。
下宿が学校のすぐ近くだったし。
中川(※リリー氏の本名)はとにかく朝が弱かったから。
で、たまに先生に「タチ。中川を起こしに行ってこい!」と言われたり。
まあ、おおらかな時代でしたね、あの頃は。
−− 今の学校事情ではありえない展開ですよね。
下宿で出されるごはんが不味かったと書かれてましたが。
特にクリームシチュー。
タチ だって弁当箱にクリームシチューはいれないでしょ、フツー(笑)。
当時の弁当箱は今のように密封性がないから
こぼれちゃう。
食べる頃にはビミョーにぬるいし。
−− ハハハハ。弁当箱にシチューってのは強引ですね。
お母さんはすごく料理が上手だったそうですから、
なおのこと不味く感じたんでしょうね。
リリーさんのお母さんには会ったことがあるんですか。
タチ うん。時々、下宿に来てたから。
特に1年生の時は1〜2カ月ごとに来てたと思う。
掃除とかごはん作ってあげたりとか。
お母さんが来てる時に行くと
「タチくん、これ食べよ」とか
お土産のお菓子をすすめてくれたりしたなぁ。
−− なんか、目に浮かびますね。
映画を観たリリーさんが
「樹木希林さんの話し方や仕草がお袋に似ててびっくりした。
憑依している感じがした」
というようなことをおっしゃってました。
タチ うん、そうそう。あんな感じだった。
会ったことないのに、すごいですよね。
もっとも本人に似せようと思って
演じたわけではないんだろうけど。
−− でしょうね。
タチ 今にして思えば、実際の年齢より老けてる感じがしたかなぁ。
苦労してきたんだな、みたいな。
中川の部屋は同級生の溜まり場になってたんだけど、
お母さんが来てる時は、みんな遠慮して
なるべく行かないようにしてました。
親子水入らずの時間だから。
実家にはよく連絡してましたね。
夜、中川の部屋にみんなが集まってる時、
ふと気づくと中川がいなくて。
で、探してみると、公園の公衆電話からお母さんに電話してた。
ン2007「東京タワー〜o.b.t.o.」製作委員会
−− お父さんに会ったことは?
タチ 一度だけありました。高校の卒業式に来ててね。
やったらタバコを吸ってて、
なんか近寄りがたいオーラを出してた。
−− イメージどおりですね(笑)。
映画の中では、
お父さんが船の模型を作ってあげるシーンがありました。
唯一、父親らしいことをしてるシーンというか。
でも作りかけて、途中でやめちゃうんですけどね。
タチ 中川の部屋に飾ってありましたよ、その模型。
当時はそんな“由来”のあるモノだとは知らなかったけど。
−− リリーさんの実家にも行ったことがあるとか。
タチ 卒業後の春休みに遊びに行ったことがあったんだけど、
「東京タワー」の2時間ドラマ版の実家のセットが、すごい似てた。
まさにあんな感じだった。
あと、おばあちゃんが、とても優しい印象が残ってますね。
−− 高校の同窓会を開くこととかあるんですか。
タチ 最近になって、けっこう集まるようになりました。
高校時代の恩師も招いて。
−− “朝、リリーさんを起こしに行っていた”担任の先生ですね。
タチ そうです。トシは70過ぎてるんだけど、すごく元気。
今はボランティアで、図書館の本の点字訳をされています。
先生はみんなに慕われていて
「飲み会を開く時は、必ず先生を呼ぼう」といってるんです。
中川は東京に住んでるから、なかなか
同窓会に顔を出すことはできないだろうけど、
いつかまた会えたらいいですね。
-2007.5.21-
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