大分フェリー紀行第一回はこちら
フェリー紀行第2弾は、大入島に決めた。理由は、梅雨も終わりいよいよ夏本番のこの時期、島めぐりが最もふさわしい気がしたからである。もちろん、初めての訪問である。なにか少年の頃に感じたワクワク感と軽い緊張感を覚えながら家を後にした。
■午前10時30分、JR佐伯駅に到着。 9時14分大分発佐伯行きの各駅電車に乗り、1時間20分ほどで佐伯駅に着いた。電車で臼杵より先へ行くのは初めての体験。トンネルの多さにはちょっとビックリしたが、左手に豊後水道を眺めながらの電車の旅は爽快そのものだった。改札口で駅員に佐伯港までの道順を尋ねると、駅前のコンビニを左折し、直進すれば港に出るという。
■フェリー乗り場を間違えてしまった。 一歩、駅前の舗道に踏み出すと、一瞬にして強烈な夏の日差しが全身を襲う。帽子、サングラスはもちろん、右手にタオル、左手にペットボトルを握り締め、「港が俺を呼んでるぜ!」とつぶやきながら勇んでフェリー乗り場を目指した。途中、さいき・海の市場と壁一杯に大書された建物が目に入った。その時はフェリーの出発時間(インターネットで調査済)も迫っていたので素通りし、帰りに覗いてみたが、地元佐伯を中心とした沢山の農水産物や加工品が所狭し、と並べられていた。お土産は大入島で買っていたので、ここは冷やかしだけ。とにかく品数が豊富なので、佐伯を訪れた際はぜひお立寄りください。決して期待を裏切りません。というわけで、程なく視界が開け佐伯港に到着。右手に白い船体を見せたフェリーが停泊していたので、アレだ!と思い駆け寄ってみると、なんと四国行きのフェリー。近くにいた地元の人らしきおじさんに、大入島のフェリー乗り場を尋ねると、港のはるか左手を指し示して教えてくれた。
■大入島フェリーは意外性の連続だった。 待合所は絵地図入りの案内板があるのでひと目で分かった。大入島へ渡ろう!のスローガンもなかなか味がある。車が乗船のため動き出したので、我々4人ほどの乗客も席を立ち外に出る。しかしフェリーらしき姿はどこに見当たらない。だが目の前のベージュ色の物体をよくよく見ると、これがフェリーかも?という気がして来た。ブリッジらしきものもあるし、車も納まっている。しかし初めて見る者には摩訶不思議な形状である。特に真正面から見ると不安定極まりない。もちろんこんなフェリーに乗るのははじめての体験。年甲斐もなくドキドキしながら、おばあちゃんの後に続いて乗船した。
■キャビンのシンプルさに、再度ビックリ! キャビン?とおぼしきものを見て、またまたビックリした。ベンチシートが無ければ単なる通路である。横長のシートがふたつあるだけ。反対側も同じ設計。地元のおじさんとおばさん、それにサラリーマンらしき青年と私の4人しかいない。後の乗客はどうしたんだろう?その疑問は、2階のデッキに出て解決した。ドライバーはマイカーの運転席に座ったままである。そうこうするうちにフェリーは動き出した。デッキに立つと潮風が心地いい。湾外に出て速力を上げる間もなく、大きな島影が迫ってきた。もしかしてあれが大入島?と半信半疑の私にお構いなく、フェリーはその島に近づいて行く。フェリー乗降場のシンボルである、赤い2対のポールも見えてきた。大入島のHPでは10分とあったが、乗降時間を差し引けば5分程度ではなかろうか。こうして楽しみにしていたフェリー体験はあっけなく完了したのでした。
■まずは、食彩館のある掘切地区へ歩け歩け。 フェリーが着くのは、石間という場所である。降り立つと同時に大きな道路標識が目に飛び込んでくる。守後、堀切、日向泊などの地区名が標示されている。目指すのは、食彩館やカンガルー広場がある堀切地区。ここから車で10分の距離と紹介されていたが、夏の炎天下であることを除けば、趣味のウォーキングにはちょうどいい距離。足取りも軽く?堀切を目指した。それにしても人は見かけないし、車もめったに通らない。聞こえるのは鳥の声と自分の息遣いだけ。時間が止まっているとは、まさにこのような状況をいうのであろうか。途中、磯釣りをしていた老人男性に、懐かしさも手伝って、つい声をかける。挨拶もそこそこに何が釣れるのか聞いてみると、キスとのこと。にっこり笑ったやさしい笑顔が実に印象的だった。
■食彩館は、広々とした公園に隣接していた。 距離にして、もう半分以上は来たかなと思いつつトンネルを抜け、入り江をひとつ回ったところで、急に道路が広くなり視界も広がった。前方右手に立派な建物も見えてきた。もしかして目指す食彩館?それにしても近すぎる気がする。万歩計を見ると、30分も歩いていない。しかしそれはまぎれもなく食彩館であった。4、50分はかかると覚悟していたので何か得した気分になった。施設内に入る前に隣接するカンガルー広場(アイランドパーク交楽園内)を散策。きれいに整備された園内は一面に芝が植えられ、グランドも併設されている。その一画に一匹のカンガルーのブロンズ像が横たわっている。なぜカンガルーなのかといえば、佐伯市とオーストラリアのグラッドストン市が姉妹都市で、同市の彫刻家ポー ル・アダムソン氏の手によるブロンズ像であるという。 HP受け売りの講釈はこれぐらいにして、いよいよ昼食タイム。食彩館の中は冷房が効き、外の暑さが嘘のようである。お土産の展示コーナーを横目にレストランに直行。4人掛けのテーブルが4つ程度のこじんまりした造りである。かぎ型にオープンテラスもしつらえてあり、ここにもいくつかのテーブルが設けられている。 窓際のテーブルに腰かけ、名物のゴマだし冷やしうどんセットを注文する。といってもアラ煮セットなど4品のメニューから選ぶだけなのだが。程なくして写真のゴマだしうどんが運ばれてきた。ん、セットにしたはずだが・・・と思いつつ一気に平らげてしまう。たれのゴマだしも美味だが、それ以上に腰のある麺がたまらなく良い。惜しむらくは量が少ないこと。おかわりしたものかどうか迷っているうち、女性従業員がご飯片手に飛んできて、「すみません、セットでしたね」と平謝り。仕方がないので、付け合せのいりこ味噌(大入島名産)とお新香で食べようと腹をくくった。しかし捨てる神あれば拾う神ありの例えどおり、責任者らしき別の女性が「本当にごめんなさい。お口に合うかどうか分かりませんが、よかったら召し上がってください」と小鉢を差し出した。見れば大好物の煮物である。人参、筍、牛蒡に加えて、地元の歯ごたえ十分なジャコ天まで入っている。私の口に合わないわけがない。ゴマだしうどんも美味しかったが、こちらの煮物は、それ以上に美味しかったような気がする。この一件だけでも、大入島の方たちは日本一心優しき人たちであると確信しました。
■ママチャリ蹴立てて、オジサンが走る。 腹ごしらえもできたし、島めぐりを続けようと思いつつも、身体が歩きたくないと主張する。そこで、これも下調べをしていたレンタル自転車を借りようと思い立ち、従業員の方にお聞きすると、200円で貸すとのこと。シャッターつきの自転車置き場に案内され、勧められるままに一台のママチャリを選んだ。のんびりとペダルをこいでいると、程な く小さな集落に行き当たった。地名は日向泊(ひゅうがどまり)とある。この地名と同じものが私が生まれ育った町にもあり、神武天皇云々という名前の由来もまったく同じである。ここから海伝いに東上したということなのか、とにかく興味をそそられる。私の町には神の井伝説はなく、舟をつないだとされるともづな石と海女伝説が残されている。そうこうしているうちに、島のくびれ部にあたる場所に出た。地元のおじいちゃんに、堀切地区への道を尋ねると、右折してトンネルを抜けると堀切だと教えてくれた。
■帰りは、連絡船を利用することにした。 自転車を返し、フェリーと連絡船の時刻表を取り出しながら帰路はどうしたものかと思案する。すぐに結論が出た。目の前が連絡船の乗降場であと10分もすれば船が来る。この船は、いくつかの集落をバスのように巡行する、島民の足といった性格のもの。私が利用したのは常栄丸であるが、この他にも荒吉丸、石間丸といった連絡船が存在している。浮き桟橋で待つことしばし、はるか彼方にそれらしき船が姿を現し、こちらに向かって来る。100メートルほど近づいたところで、手をふると汽笛を鳴らしてくれた。客一人が降りた後に乗り込むと、年のころ40代?の女性がデッキにいる。いでたちは、ゴルフ場のキャディさんそのもの。他に乗員らしき人が居ないのいで、この女性が船長さんだと理解し、200円を払って船室に入る。またも貸切状態。しかし、床も窓も磨き上げられ清潔感あふれる船室でした。さらに驚いたことが、佐伯港を目指してひた走るそのスピード。とにかくメチャクチャに速いのである。のどかな連絡船というよりは、高速艇にでも乗っているような感覚に襲われた。女性船長、恐るべし!こうして、今回の紀行はあっけなく幕を閉じたのであります。
■大入島へのアクセス