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トップ 大分の祇園祭、3連発!> - その2:日田祇園祭
その2
日田祇園祭
■一年遅れの取材記です。平身低頭、本当にゴメンなさい。
  まず、最初にお断りしておきたいことは、今年の日田祇園の集団顔見世当日、
あいにくの雨で、本来、根性とは無縁の私は出かけるのをパスしてしまいました。
実は昨年にも日田祇園の集団顔見世には出かけていまして、取材文は十分に
書けるという甘えも多分にありました。と言うわけで1年遅れの日田祇園の感想記に
なってしまいました。本当にゴメンなさい。以下はその珍道中ひとり旅の顛末です。


■まずは知的(痴的?稚的?)な私にふさわしく、咸宜園へ。


 昨年の7月21日(木)朝、大分駅を特急ゆふ号で出発。40分ほどで日田駅に着く。
今日も一日暑くなりそうな快晴日和。集団顔見世は午後からと聞いていたので、
まず街の探索から始めたいと思い、駅横の観光案内所に飛び込む。そこで観光マップ
を入手し、ぜひ訪ねたい豆田町までの所要時間を若くてきれいな女性の方にお聞きする。
その方は浴衣姿で観光客の応対にあたっているのですが、風情があって、
なかなかいいものです。と言うことで、親切なお嬢さんの勧めもあり、
レンタルサイクルを借りていざ出発。


最初にめざしたのは、江戸時代末期、広瀬淡窓が開塾した咸宜園。
適塾や松下村塾と並び称され三大私塾のひとつです。10分ほどで到着したが、
観光マップ頼りのアクセスなので、実際はもっと近いのかも・・・。
その藁葺き屋根の家屋は本当につつましく、これが、4,800人もの塾生を輩出した
建物かとただただ驚くばかり。しかし高野長英や大村益次郎を始め、多くの.著名人を
輩出したのはまぎれもない事実ですから、広瀬淡窓という儒学者は郷土の誇りです。
余談ですが、現大分県知事の広瀬さんは広瀬淡窓の親類筋だそうですね。


と言うわけで一通り家屋を見終わった頃、観光ボランティア?の方から
「今から家屋内で咸宜園の説明をするので、時間があればどうぞ」と声をかけられた。
座敷に上がるとすでに10人ほどの観光客が床の間に向かって座っている。
私もその中に加わり、30分ほどのレクチャーを受けた。
中でも印象に残ったのが、三奪法という考え方。
入門するにあたって、身分、年齢、学歴に関係なく全員が最下級から出発したという
平等主義である。格差社会そして勝ち組、負け組などと不平等がまかり通る現代社会。
政治や経済のお偉方はもちろんのこと、私たち凡人も少しは見習わなければと思う。



■情緒あふれる豆田町界隈をおじさんのママチャリが走る。


江戸の雰囲気がそのまま残る豆田町をママチャリ(レンタル)でゆっくりと流す。
左右にお土産屋さんやお菓子屋さんなどのお店が昔の雰囲気そのままに軒を連ねている。
集団顔見世の日にもかかわらず、通りは閑散としている。一人歩く、女性の日傘の白さが
夏の太陽に反射して目に眩しい。また観光客の少なさと相まって、落ちついた町並みには
趣き深いものがありました。その一角に広瀬淡窓の生家で
民俗資料館になっている、広瀬資料館がある。入館料を払い、展示室になっている
蔵の中に入ると、江戸時代に使用された民具や書物、さらには御用商人、掛屋としての
各種証文等が展示されていて、歴史好きの私にはとても面白かった。

昼食の写真

資料館を出たのがお昼の11時過ぎ。お腹も程よく空いてきたので昼食を取ることにする。
お目当ては日田まぶしで有名な千屋さん。名古屋のひつまぶしは経験済みなので、
どこがどう違うかと興味があったが、随分と昔のことなので記憶もあやしく、その差が
判然としない。「美味しいから、まあいいか」とペロリと平らげ爪楊枝を片手に大満足。
とにかく、いい加減で食いしん坊な自分が情けない・・・。



■街のあちこちで祇園囃子が聞こえ、祭気分を盛り上げる。
祭り風景

 昼食後、クーラーの効いた店内を一歩出ると、ムッとするような熱気が身体を包み込む。
会場となる駅前に一番山車が登場するのは2時だと言う。まだ1時間以上も間があるので、
とりあえず祇園囃子のする方角へママチャリを蹴立てて出かけることにする。
居ました!居ました!豪華絢爛な一基の山鉾と半被姿の男衆たち。
背中に港町の赤い文字が染め抜かれている。クルマ1台がやっと通れるかどうかの
狭い道を勇壮な山鉾がゆったりと進む。古い町並みと調和して、実にいいもんです。
それと鉾は引くだけのものと想像していたが、実際は引くと同時に、8人の若い男衆が
押し進めている。こんな炎天下、本当にご苦労さまです。

祭り風景 祭り風景

しばらく巡行を見物した後、駅をはさんで反対側の隈地区方面へ鉾探しに行く。
とにかく祇園囃子の音がする方向に行けばいいのだから実に簡単。
そして見つけたのが若宮町の山鉾。こちらも負けず劣らず立派な装いを施している。
何体かの人形が配されているが、鉾の上の2人の男衆と比べてみて分かったのだが、
ほぼ等身大である。また、もうひとつ注目すべきなのが、山鉾の背面を飾る見送りと
呼ばれているもの。赤いラシャ地に金糸や銀糸で虎や龍などを刺繍した豪華なもので、
天保年間に作られた古いものもあるそうだ。とにかく山鉾ごとに異なる図柄なので
一見の価値ありです。



■さあ、集団顔見世のショータイムがいよいよスタート!

祭りの風景 祭りの風景

会場となる駅前に戻ると、各町の山鉾が続々と入場して来る。見物客もそれと比例
してその数を増やしてきた。この集団顔見世は、あくまでも観光イベントの一環で
本来はなかったそうです。駅前広場は、9基の山鉾に付き従う男衆の多さに加え、
見物客の数も半端じゃない。そして何よりも一堂に会した山鉾が夏の青空を背景に
天高くそびえ立つ様は圧巻のひと言に尽きる。本当に来てよかった。
これだけの伝統行事を今に伝える、天領・日田の文化度の高さ、加えてその伝統を
大切に守り育てて来た土地の人々は称賛に値すると思う。しかし夏の日差しの中に
しばらく居ると、暑さで汗はタラタラ、頭はクラクラの日射病の一歩手前状態。これが
有名な日田盆地の夏の暑さかなどと一人合点し、とにかく日陰を求めて右往左往。
やっとビルと街路樹がつくる道路脇の日陰の中へ緊急避難した。ここからは山鉾の
上半分は見えるが、会場である広場内の状況はまったく見えないけれど、背に腹は
変えられない。とにかく水分補給とお茶のペットボトルを自販機で買ったけれど、
今日何本目なのか覚えていない。晴れやかなお祭の熱気と盆地特有の酷暑で、
とにかく私の熱い一日は終わりました。

祭りの風景

そして最後になりますが、駅弁にまつわるちょっといい話。早い夕ご飯は駅弁にしようと、
待合室の中にある売店に行くと、駅弁らしきものは見当たらない。
女性の店員さんに「美味しい駅弁はないの?」と聞くと、「売り切れましたが
高菜そぼろ弁当であれば、電話すればすぐに届けてくれますよ。何時の電車ですか?」
と言ってくれる。30分少々の待ち時間があったので、そのことを告げると早速、
電話で確認をしてくれ、「駅近くのホテルで作るので20分ほどで届きます」とのこと。
その思いやりに感激して注文はしたものの、20分を過ぎても一向に届かない。
売店の女性も慌て出し、「私が取りに言って来ます」のひと言を残して、駅前通りへ
まっしぐら。発車間際に息をきらして持って来てくれた。その親切心にまたまた感激!
土地、土地の人情に出会えるのも旅のだいご味と再確認しました。売店のお姉さん、
有難うございました。高菜そぼろ弁当、美味しかったですよ。
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