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トップ 大分の祇園祭、3連発!> - その3:中津祇園祭
その3
中津祇園祭
■7月29日土曜日。その日は朝から雲ひとつない快晴。
夏の強烈な日差しが降り注ぐ中、
上りの各駅電車内は別府駅を過ぎる頃から
乗客の数も目に見えて減り、
冷房効果と相まって快適そのもの。
のどかな田園風景を充分に堪能して、
電車でのちいさな旅は終了した。
中津駅の改札口を出ると、いやが上にも目につくのが
中津祇園祭の主役である山鉾の展示物。
説明文によると中津祇園史上最初の祇園車であり、
現在の祇園車の原型となった「御神殿奉斎車」という格式高いもの。
平成15年に展示山車として復元されたとある。
確かに豪華で絢爛たる雰囲気を醸しだしている。
インターネットのHPからプリントアウトした中津祇園の進行表を確認すると、
祇園車の御巡幸は、早朝の5時から夜の8時頃まで、
上祇園と下祇園それぞれに時間を空けて5回ほどあるという。
そして今日のハイライト、「走り抜け」は夜の7時から。
となればまだ朝の10時過ぎだから、時間は有り余るほどある。
さあて、これまた恒例となった、つかの間の市内観光といきましょうか。


中津駅に展示されている祇園車



■祇園車の舞台で披露される民舞を楽しみながら中津城へ。
進行表に付記された市内マップを見たら
中津城のイラストが目に飛び込んできた。
中津と言えば中津城!と勝手に納得し、最初の訪問地に決定。
駅左側の日の出町アーケードを抜けて左折し、
福沢通りへと続く大通りに出るやいなや、最初の祇園車に遭遇。
どういうわけか、聞いたことのある演歌が流れている。祇園車と演歌?
と不思議に思い近づいてみると、祇園車の中では
10代半ば(高校生か中学生と思われる)の若い女性が
着物姿で民舞を披露している。
これまでに臼杵、日田の祇園祭を見物してきたが、
こんな光景はもちろん初めてである。
演歌に対する好みはさておき、
これはこれで庶民的な趣があり良いもんです。
また日本髪の女性の艶やかな踊りに、
年甲斐もなくドギマギした自分がちょっと情けない。


若い女性の艶やかな民舞
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
少女の民舞に大人たちも大拍手
(写真をクリックすると拡大で見れます。)

街中を練り歩く祇園車
(写真をクリックすると拡大で見れます。)


■中津城は、私の想像以上に端正で素敵なお城でした。
中津城までの道すがら、数基の祇園車に出会い、
可愛い祇園小町?の踊りを見物するうちに、
自分がいま何処に向かっているのかさっぱり分からなくなった。
こういう時は地元の人に道を尋ねるのが一番と、
女子高生らしき二人連れにお城までの道順を教えてもらった。
ほどなく天守閣が見えてきた。
その端正な居住まいはなかなかのもので、
黒と白のコントラストが夏空に映えて美しい。
築城初期には黒田如水、細川忠興も関わったそうだから、
城としての経歴、格式も申し分ない。
また薬研堀などの周囲のロケーションが素晴らしい。
見事な枝ぶりの巨木も何本かあり、涼しげな木陰を提供している。
このまま昼寝でもしたい衝動に駆られながらも
次の目的地、上祇園の中津神社を目指した。

中津城の雄姿
(写真をクリックすると拡大で見れます。)

 

■何と中津城内には神社が五つ!目指す中津神社はどれ?
中津神社は城内の一画にある。こじんまりした造りの神社で、
初めての人には分かりづらい場所にある。そういう私も、
立派な構えの中津大神宮を中津神社と間違えてしまった。
後で分かったことだが、さして広くない城内に
大小合わせて五つの神社があると言うから驚きだ。
白いテントの受付らしきものがあり、
何となく祭事的な雰囲気があったので、
そこが中津神社だと理解したぐらいである。
また神社の手前にはしめ縄を大きくしたようなものがあり、
近づいて見ると、願い事をかなえて
もらうためのくぐり方が書かれていた。
左に二回?右に一回?ん、忘れちゃいました。
神様、ごめんなさい!
早速、お賽銭をあげて手を合わせ、
そそくさと中津神社に別れを告げた。
次の目的地である、福沢諭吉の旧家へと向かう
中津城から市内マップを頼りに、福沢諭吉の旧邸まで歩く。
街を散策しながらのブラブラ歩きで10分余り。
街のあちこちに案内標識があるので迷うこともない。
明治の偉人、福沢諭吉は1歳から19歳まで過ごした木造茅葺きの
旧家(史跡)と諭吉が勉学に励んだ庭の土蔵を公開している。
もちろん有料。記念館内には『学問のススメ』の初版本や
数多くの遺品が展示されているという。これ、資料からの受け売り。
学問はスズメの涙ほどしか経験のない私には、
何となく入りづらく外観をデジカメに収めるだけにした。
福沢先生、ごめんなさい!
またまた謝る私。今日は本当に謝ることが多い一日になりそうだ。

中津神社
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
 中津大神宮
(写真をクリックすると拡大で見れます。)

福沢諭吉旧邸
(写真をクリックすると拡大で見れます。)


■昼食は迷いに迷ったあげく、鶏の竜田揚げ定食に。
ふたたび駅前まで歩いて戻り、お腹も空いたので
遅い昼食を取ることにした。
実は街中で老舗風の料理屋を見つけたのだが、
本日は予約客のみという張り紙があり、
あえなく断念。途中いくつかのお店があったのだが、
どうも入る気になれない。
結局、駅前まで歩いてしまったという次第。
そこで駅内のショッピング街(といっても
5,6軒のこじんまりしたもの)にある喫茶&レストランのお店に入った。
炎天下の中を歩き回ったので、とにかく冷たい飲み物が欲しくて
この店を選んだというのが本音である。
早速、アイスコーヒーと鶏の竜田揚げ定食を注文。
「お飲み物はいつお出ししましょうか?」との問いに
「今すぐ!」と哀願するように答えた。
肝心の定食もから揚げを名物とする土地だけあって、
ほぼ満足するお味でした。
街の散策をした後、メイン会場の福沢通りに戻ると、
すでに多くの見物客でいっぱい。
夜7時からの「走りぬけ」には、まだ相当の時間があるのにと
思いつつ近づいて見ると、
「中津市合併一周年記念・ふるさとまつり自慢」と銘打った
郷土芸能のショータイムが行われていた。
一番前に座り込んで小一時間ほど見物していたが、西陽が熱いのと
お尻が痛くなったこともあって、
会場から少し離れた涼しいビル影にそそくさと避難。
自販機で買ったお茶と文庫本(ひとり旅には必携品!)を片手に
「走り抜け」が始まるまでの時間をつぶすことにした。

 本日の昼食

 お神輿も参上
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
福沢通りにて出番を待つ祇園車
(写真をクリックすると拡大で見れます。)

 
■12基の「走り抜け」は、「凄まじい」のひと言に尽きる。
いよいよ本日のメインイベント?「走り抜け」が始まった。
上祇園、下祇園合わせて12基の祇園車が登場するというが、
臼杵や日田のそれとどこが違うのだろう?
早くも胸の鼓動が高鳴ってきた。
それにしても見物客の数がめちゃくちゃ多い。こんな人混みでは、
とてもデジカメの好ポジションを確保するなんてムリな話し。
とにかく電池切れまで、あっちにウロウロ、こっちにウロウロ。
夢中でデジカメのシャッターを切り続けた。
「走り抜け」というだけあって、そのスピードと若衆の熱気は凄まじく、
まさに男の祭という表現がピッタリ。
本部席前を一直線に走り抜けるものがあると思えば、
角を一気に曲がるものもあり、とうとう若衆の怪我人まで出る始末。
その一部始終を簡単に述べると、
祇園車がフルスピードで角を曲がったその後に、
半被姿の若者が一人横たわっている。
観客の間にざわめきが起こった。世話役や警察官が駆けつける。
しばらくしてサイレンの音とともに救急車が到着。
遠ざかるサイレンの音を聞きながら、
大した怪我でないことをただ祈るばかり。
そして何事もなかったかのように
祇園車の「走り抜け」は延々と続けられた。
「走り抜け」に関して言えば、豪華絢爛というよりは
勇猛果敢な男の祭だと思う。
こうして私の中津祇園は終わった。帰りの電車の都合上、
「練り込み」を見られなかったことが唯一の心残りではあったが・・・。

 一気呵成に駆け抜ける祇園車
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
 天狗さんも鼻を添える?
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
 一気呵成に駆け抜ける祇園車
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
 一気呵成に駆け抜ける祇園車
(写真をクリックすると拡大で見れます。)
神輿の興奮も最高潮
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綱を引く手にも力が入る
(写真をクリックすると拡大で見れます。)


■終わりに
今回の中津祇園で、大分三大祇園のシリーズは
無事?に完結しました。
臼杵・日田・中津それぞれに特色のある
本当に魅力的な祇園でした。
さらに言わせてもらえれば、
お祭に代表される伝統や文化というものは、
その土地々の人たちの絶えることのない
情熱、夢、エネルギーに育まれ、
現代に花開くということを強く感じた三大祇園でした。
そのことが実感できただけでも、
私にとって有意義なものであったと思います。


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